思いやりを大切に・・・
Posted on 2011年3月20日
まず、はじめに、
平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震被災者及び関連者の方々に哀悼の意を捧げると共に心よりお見舞い申し上げます。
私自身、この先動このブログ更新していいやら、わからず。
今日の更新とさせていただきます。
さて、最近はTVのCMを視ておりますと、「思いやり」を大切するCMが流れていますが、
KTRにも、そんな思いやりに関わるポスターがありまして、
福知山駅の北口にそれはあります。
ケータイで撮ったものなのですが
点字誘導ブロックに荷物を置かないというポスターなのですが、
これ以外にも色々あると思います。
例えばですが、
お年寄りやお体の不自由な人に座席を譲ってあげるとか、
重い荷物を持ってあげるとか、
色々あると思います。
これ気に「あなたの出来る、思いやり」を
見つけてみるのも良いかもしれません。
変わり行くものと変わらぬもの訪ねるそんな旅。後編
Posted on 2011年2月28日
え~と前回は、新しくなった豊岡駅を取り上げてみました。
さてこの続きになるわけですが・・・・
さて荒河駅長は、歩いてその駅に向かうことに・・・・
(この辺の事情は色々あるけど気にしないこと)
それまでに、9歳年上の10年来の友達に電話してみたり・・・
ゲームの話やら、アニメの話やら、列車の話やら、地デジの話をする中で・・
友達から、
友「○○さんは(ここは私の本名が入りますが・・・)、いま何所にむかうのですか?」と聞かれる
すると私は「○○駅に向かうところ」
友「○○駅ですかぁ、その駅に何があるのですか?」
私「実は○○さん(その人の名前です。)かくかくしかじか(ここはネタバレ回避)があるのよ」と
友「へぇ~そうなんですか。あの駅に・・・」
そしてその駅に到着!
今回歩いてでも辿り着いてきた駅は、
いま、ホットで!
いま豊岡市内にある駅で、
いや!但馬地方でいまイチバン!アツい駅
【但馬三江駅】に到着しました。
KTRでは、唯一の木造駅舎
そして、解体も改装も免れ、美しく残るこの駅舎にこの任期中に行ってみたかった。
そしてある時から、「但馬三江駅」は、
「コウノトリの郷駅」
という新たな使命を与えられることにもなった。
さて皆さんは「テレビ朝日」で毎週土曜日の18:00放送中の・・・
【人生の楽園】というテレビ番組を皆様はご覧頂けましたでしょうか?
放送日は2月12日のことで、
私自身は仕事場のテレビでちょこっと(勤め先の当店のマネージャーから「何見てんだよ!お前はよぉ!アレ?お前が好きなKTRじゃないか!」と言われたのですが、)だけ見て、
その後は録画したやつをゆっくりと拝見させていただきました。
さて、この駅には・・・
【ぽっぽや】という食堂がございまして・・・
営業日は土・日の隔週なのだそうで・・・
この日はもちろんお休みでした。
ここを切り盛りしているのは「あのお方」なのですが、
次回の営業日にいつなのかなぁ。
私はその日を楽しみにしていますが・・・
さて、先日の大雪の残雪を見据えつつ、
この駅を何故歩いて行けたのか?
その理由は3つ根拠がある。
一つ目は「確信」
円山川橋梁の架け替え工事の時とその後の取材にて、実は歩いていけるのでは?という「確信」
二つ目は「自信」
実は荒河駅長は歩いて1時間とか2時間ぐらいは、苦にならない。
いつもはバスだが、時々歩いて勤務先に向かうこともある。
そういう意味での「自信」
三つ目は「経験」である。
学生時代に宮津から豊岡まで、チャリをこいで、豊岡へ3時間半掛けて行ったものである。
そう意味での「経験」である。
さてホームを写し・・・
ここで時計を見てみる。
時間は15:00と言うことは、
あの列車を待つことに・・・
久美浜から快速列車となる「タンゴディスカバリー1号」が通過ではなく
停車をした・・・
おそらく丹後大宮駅長さんの言っていた臨時停車と関係があるのだろう。
さて、この列車が発車すると・・・
時間的にコイツもやってくる。
そう、金ピカの眩しいアイツ!
特急「タンゴエクスプローラ4号」とここで、福知山以来の再開となる。
やはり高速に駆け巡る。
6両編成やはりここでも壮観である。
さて何かを忘れていた私はここで、待合室を写すことに・・・
さて運賃表を見ると・・・
我が荒河かしの木台駅からこの但馬三江駅までは¥1,680なんだそうです。
そして、忘れちゃいけないのが・・・
さて次こそはこの「但馬三江駅」にある「ぽっぽや」食堂でご飯を食べたいと切望しつつも後にする。
私なのでした。
今度はちゃんと、営業日をチェックするぞぉ!!
ちょっと余談・・・
この撮影の後、近くにネコちゃんが居たので少し
そして、円山川橋梁を渡る、普通列車。
変わり行くものと変わらぬもの訪ねるそんな旅
Posted on 2011年2月22日
さあ今回は、生まれ変わった駅と変わることなく輝き続ける駅を、
訪ねてみることにしました。
さてその前に・・・
福知山駅構内で見つけた
新型特急287系の山車もどき(デフォルメしたと言った方が良いのかな?)を、撮影。
『僕の乗車券を買って新型特急に乗ってよぉ!』
と言っているか否かは知らないが、
最近視ている番組に『ボクと契約して何とか少女になってよぉ!』
と言ってはばからないファンシーな動物なら知っているが・・・(名前は「イン何とかさん」とも「キュゥなんとか」らしいが・・・)
(カンケーねぇか、この山車もどきと、某ファンシーなヤツがなんとなく似ているのでチョッとね・・・)
KTRにも「はしだて」としてやってきますよ!
と言うことは来月、荒河駅でコイツを撮るかな?
因みに私はまだこの新型特急287系の実物を見ていない・・・・
運が悪いのか日頃の行いが悪いのかは知らないが・・・
乗ってみてもいいかもしれない
さて福知山駅の3・4番のりばで、特急「きのさき」
そして、なにかと注目の・・・
特急タンゴエクスプローラ1号が堂々の6両編成で登場!
こう見ると!壮観でカッコいいですなぁ!
さて、時は変わって同日13:40
先ず目的の駅到着(この間の出来事はあまり触れないでね・・・)
新しくなった「豊岡駅」であるっ!
正面を写した後、駅弁屋さんの「たで川」にて上司の為に「かにずし」を買っておく。
後に電話があり、「かにずしを買って来ましたよ!」っと言ってみせると、
上司は「良く解っているじゃないか!」と、褒めの言葉頂く。
実は休みの前日、
上司「○ちゃん(私の本名が入ります)今度新しい豊岡駅に行くの?」
改札口は、橋上駅ならではの独特の雰囲気。
そして、昭和10年以来この地に佇んでいた、旧駅舎は役目を終え、取り壊される時を待っていた。
カバーに覆われその時を待っているかのように
『おつかれさま・・・』不意につぶやかざる得なくなる。
さてホームを見ると・・・どこかで聞いたことのあるアイドリング音が、
キハ181系4両が待機していた。
「はまかぜ」から退役をからしばらく久しい同系をここで見れるとは思わなかった・・・
さてもう一つの駅に行こうかと思うが、時刻表と自分の足との相談になるわけだがこの話は次回!!
早くも2月になったわけで
Posted on 2011年2月 3日
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と、昔の人はよく言ったもので、早くも2月になってしまいました。
私はと言いますと、運が悪く、
風邪を引くと言う事態に見舞われてしまい、
取材どころではなかったのです。
家の近所を流れる、弘法川を・・・
チョッとこの間の雪がまだ残ってたりで、
風邪も治って体力も全快になったので!近所からはこんな写真も取れたります。
2月は出来れば!
旅に出たい!
もちろんKTRを使って!
皆様もこういうご時勢なので、体には十分注意しましょう。
消える飛行機雲・・・追いかけて追いかけて・・・「AIR」聖地巡礼と+αの旅③
Posted on 2011年1月13日
前回は「板硝子工場前」バス停の付近で話を中断したが、
今回はその場所から続きとしましょう。
とある駅から発車する列車の時刻が16:08だと確認した私、荒河駅長
こうなったら、以前から攻略したかった所へ向かうわけだが。
さてこの場所にたどり着いた。
今回の話は聖地巡礼のオマケいや!これが本編かもしれない
【廃線巡り】の話である。
その路線の名は
『日本板硝子専用線』
元々は太平洋戦争中に旧日本海軍が「第三海軍火薬廠鉄道側線」(6.8㎞)として敷設、火薬廠から松尾寺駅を結んでいた。
戦後、連合軍に火薬廠と共に接収され、接収解除後は舞鶴市に譲渡その後に火薬廠跡を同市が工場として誘致する為に貨物専用線として整備、
昭和34年に日本板硝子が誘致を受け同社の専用線として活路を見出すことになる。
さてそんな、荒河駅長も往時の貨物列車になった気分で今から、約1時間掛けて松尾寺駅までの4㎞の廃線跡を巡ろうと思う。(ここを歩き始めたのが大体15:00ちょうどであった。)
途中に鉄橋を整備したであろう、橋を撮影。
さて、私の親父が以前この会社に勤めていた時期があり、いろいろ話を聞くことが出来た。
まあ鉄道がらみの話はそこまではしてはくれなかったが・・・
私の「貨物列車は結構長かったのか?」との問に
親父は「そらぁ長かったよ」と答えてくれた。
最盛期の話だが昭和43年には板ガラスだけで203,000tの貨物輸送量を誇ったらしく福知山鉄道
もしかするとこの辺の事情は西舞鶴駅長さんの方が詳しいのでないかと思う。
さて、靴に雨水が入りジュクジュクに近い状態で、歩き続ける。
そんな「日本板硝子専用線」にも終焉の時がきた。
徐々に貨物輸送量が減少、平成の世になっても、貨物輸送は行っていたらしいが・・・
そして遂にはトラック輸送に切り替えられ廃止となったようである。
平成6年に自転車専用道路として整備されたようであり、春にはこの廃線跡にキレイな桜が咲くらしい。
その時期にまた行ってはみたくなる。
松尾寺駅に近づく頃、珍しいトンネルに遭遇する
「吉野トンネル」と言うトンネルである。
自動車と併用する軌道は数多く聞くがこの様な構造物は珍しいのではなかろうか、
私の親父曰く「このトンネルをバイクで走るのが、少し怖い、クルマはやって来るかもしれないし、貨物列車も来るかもしれないしで・・・」
という話をしてくれた。
トンネルに入っている最中、踏切の音と列車の音が聞こえてくる。
小浜線の普通列車である。
トンネルを出るといよいよゴールは近い、
15:56松尾寺駅到着。
2009年にお色直しされたこの木造駅舎が私を迎えてくれた、
一時は老朽化による解体の危機にさらされていたが地元のNPO法人「駅舎と共にいつまでも」と舞鶴市の努力により、改修工事を受け今の姿に・・・
そういえば我がKTRにも但馬三江駅も木造駅舎であり、
地元の方々によって管理運営をされているのと一緒だなと思ったわけで・・・
この駅舎がいつまでも、この姿で居続けて欲しいと感慨深くなったちょうどその頃。
16:08発の小浜線東舞鶴行ワンマン列車お迎えに来てくれた。
その後、私は東舞鶴で福知山行に乗り換え、家路に着いたのでした。
